アサザプロジェクトは、アサザをただ増やすことや、アサザで水質を浄化することを目的とした運動ではありません。
アサザをプロジェクトのシンボルにした理由は以下のように多岐にわたります。
1.アサザとの出会いから始まったプロジェクトだからです。
1994年頃、霞ヶ浦再生の方法を模索していた時期に、湖岸全周を歩いて調査した折にアサザの美しい花畑に出会い、その時に受けた感動と発想の転換からアサザプロジェクトは始まりました。
このアサザとの出会いをきっかけに、湖に眠る様々な価値を見付けだしていく取組みがはじまり、現在の価値創造的なアサザプロジェクトへと発展していきました。
当時は霞ヶ浦で大発生を繰り返していたアオコが湖のシンボルとなっていました。水質汚濁を表すアオコがシンボルになっていては、湖のマイナスイメージばかりが先行し、湖の可能性が見えてこないと考え、人々の意識をマイナス思考からプラス思考に転換するきっかけのひとつとしてアサザをシンボルとして位置付けました。
2.自然の働きを活かした湖の再生を考えるきっかけを作ってくれたからです。
1990年頃から霞ヶ浦ではコンクリート護岸の影響などから大きくなった波浪への対策として、石積みの消波堤が造成されはじめ、新たな環境破壊が懸念されていました。当時は湖の波浪対策として石積み消波堤が各地に作られ、生態系を分断したりヘドロの堆積や水質汚濁などの問題を起こしていました。
このような破壊を食い止める方法を考えていた時に、アサザからひとつの発想を得ました。ヨシ原の前面沖側に生育するアサザ群落が波を弱め、波浪による浸食からヨシ原を守る様子を観察していて、アサザのようなヨシ原の沖側に広がる植生帯の形成(再生)が石積み消波堤の代替案になると考えました。それには、現在の水質でも生育できるアサザだけではなく湖本来の植生を、とくに水質改善を進めながら沈水植物群落を拡大していくことで石積み消波堤は必要無くなります。石積み消波堤に対するもうひとつの代替案「粗朶消波施設」は、上記のような植生帯による消波が実現するまでの暫定的な措置として位置付けています。したがって、粗朶消波施設の設計にあたっては、沈水植物群落の消波効果や透水性を参考にしています。
これらの代替案によって、一時期石積み消波堤の造成を止めることができましたが、一部の団体関係者によってアサザや粗朶消波施設への意図的な批判や中止の申し入れが行われた結果、再び延長数十㎞にも及ぶ石積み消波堤の造成が始まり大規模な環境破壊が生じています(上記の団体関係者は石積み消波堤の中止は申し入れていません)。
3.アサザの生態が湖の水位管理や護岸の問題を明らかにするからです。
霞ヶ浦では、湖岸のコンクリート護岸化や不自然な水位管理が湖の生態系全体に大きな影響を与えています。状況を改善するには、このような問題が湖の様々な生物にどのような影響を与えているのかを、多くの人たちに理解してもらうことが必要です。
アサザの生態はよく研究されていたため、アサザがコンクリート護岸や不自然な水位管理によって大きな影響を受ける理由も分かりやすく解説することができました。アサザの生態と環境との関わりを知ることを入り口にして、湖の環境を様々な生物の目になって見直す取組みへと発展させたいと考えました。
また、1996年から実施が計画されていた霞ヶ浦開発運用による極めて不自然な水位管理による生態系への影響を明らかにするために、その影響を受けやすいと考えられていたアサザを指標生物として、湖の変化を調べることにしました。アサザは当時湖全域での分布状況が正確に分かっていた数少ない種だったので指標として最適でした。
私たちの予測どおりに、運用計画に基づく水位管理が開始された1996年から2000年までに、湖全域でアサザが激減しました。このアサザの調査結果を基に水位管理の中止を国に申し入れ(2000年)、一時凍結が実現しました。(しかし、上記の団体関係者によるアサザは元々あまり湖になかったといった根拠の無い批判が行われ、2006年から水位管理が本格的に再開されてしまいました。その結果、アサザをはじめとした湖の生態系はさらに危機的な状況に置かれています。)
4.人々が直接湖に関わるきっかけとして。
霞ヶ浦の環境が悪化すると共に、湖周辺の人々の湖への関心が薄れ、湖に実際に足を運ぶ人も減っていきました。湖への関心を取り戻すためには、まず実際に湖に行って、その環境に触れることが必要です。できれば、湖の水の中に入って体感してもらいたいものです。
絶滅に瀕していたアサザは、多くの人たちに実際に湖に入ってもらうきっかけを作ってくれました。すでに、1万人を超える人たちがアサザの保護活動をきっかけに実際に湖に入り、湖の自然を体験しています。
アサザをきっかけに湖の再生に直接関わった経験が、多くの人々に霞ヶ浦を意識した生活スタイルへの転換を促すことにもなります。
5.環境教育の導入として。
霞ヶ浦の環境を理解するためには、様々な生物の目になって湖の環境を見直すことが必要です。アサザの生態を学ぶ学習は、湖の環境を生物の目で見ることの意味を子ども達に理解してもらう導入として位置付けています。アサザと水質汚濁や護岸、水位管理、ゴミなどの関係を知ることで、湖に生息する魚類や昆虫、植物などへと視野を広げていきます。さらに、霞ヶ浦の再生につながる町づくりの学習にも発展していきます。これまでに、流域の200を越える小中学校で様々なテーマの出前授業を行なってきました。この学習をモデルにした取組みが全国に広がっています。
6.個別縦割り型の発想から抜け出せない研究者や専門家に発想の転換を促す。
アサザプロジェクトがアサザをシンボルとしていることに対する批判をする研究者が一部にいます。これらの研究者に共通していることは、アサザという水草が有するある一部分(要素)だけを抽出して「水質に影響がある」、「ある生物に影響がある」といった的外れな批判を繰り返すことです。また、何度も説明しても、アサザプロジェクトは「アサザで水をきれいにする運動だ」「アサザを増やす運動だ」といった評価(決め付け)から抜け出せない研究者もいます。このような研究者(一部団体関係者)による批判活動(反対運動)によって、先述したように石積み消波堤の造成や不自然な水位管理が再開されてしまいました。
部分だけを見て相手に評価を下して決め付けたり、全体のつながりの中での多様な要素を視野に評価出来ないというような研究者が存在する背景には、あまりにも専門分化した今日の科学のあり方や、要素還元主義(部分知・領域知)に偏った知識体系の中での教育の在り方にも問題があると考えます。総合知をどのように構築するのかが今日の課題となっています。
対象からある一の機能を抽出して、単純に他と比べ、優劣や良否の評価を下す(しかも権威を背景にして)傾向は、研究者のみならず、マスコミをはじめ社会にひろく見られます。このような風潮は、差異の多様性を重視するこれからの社会に逆行するものです。このような単純思考はまさに哲学なき科学主義の弊害といえるでしょう。これはまた、この国では輸入学問である近代科学の知的基盤の脆弱さを示すものでもあります。実際に、その弊害が霞ヶ浦で生じていることは先述したとおりです。
このように、アサザの再生をきっかけに湖の生態系の保全から社会システムの再構築まで展開したアサザプロジェクトの事例は、アサザを多様なつながり(中心の無いネットワーク)の中に溶け込む多義的なシンボル=メタファーとして位置付けた取組みとして、多様性の時代におけるシンボルの新しい在り方を示すものであり、上記の個別縦割り型の発想や単純思考(決め付け)への転換を促すものです。もちろんアサザは、数多くあるシンボルのひとつに過ぎません。
これまで述べてきたように、私たちは社会が抱える問題や課題を強く意識しながらアサザプロジェクトを展開してきました。社会の様々な分野で、アサザがプロジェクトのシンボルになった意味をしっかりと主張していくことが、あらゆる分野に発想の転換を促し、今後の社会の在り方を示していくことになると考えています。同時に、それは新たな時代の知としての「総合知」を生み出していくことでもあります。
以上のように、アサザはシンボルとして様々な要素を持っていることを御理解下さい。