自然保護協会「自然保護」2003年1・2月合併号
NPO法人 アサザ基金
代表理事  飯島 博



 2002年10月15日に、自然再生推進法案の審議が衆議院環境委員会であり、わたしも他のNGOともに参考人として呼ばれたので、意見を述べました。わたしはこの法案について、幾つかの問題点を指摘しましたが、とくに時間を割いて意見を述べたのは、同法案の第6条にある「他の公益との調整」についてです。わたしはこの第6条の削除を強く求めました。
 かつて「公害基本法」の中にも同じ様な条項がありました。その「産業との調和」、いわゆる調和条項が、産業振興や経済発展という公益保護の根拠となり、多くの公害対策が後回しにされ、多くの公害被害者を生み出しました。
 同じことが、自然再生推進法についても起きることが危惧されます。これまで、公益の名の下に行われた開発事業によって、各地の自然環境が破壊されてきました。そして、開発によって傷付けられた自然は、その後も公益の名の下に行われる管理や運用によって、再生を妨げられているという現実があります。
 わたしが霞ヶ浦再生事業アサザプロジェクトを実施している霞ヶ浦と北浦でも、全域で治水利水という公益のためにコンクリート護岸が築かれ、大規模な自然破壊を受けました。そして、その後も、同じく水資源管理という公益の名の下に、逆水門が閉め切られ湖水位の人工的な管理が強化され、自然のリズムを無視した水位管理によって、湖の野生生物たちは翻弄され続けています。今はNPOアサザ基金の申し入れによって、水位管理計画は凍結されています。その上で、わたしたちは水位管理と逆水門の柔軟運用に関する具体案を示し、円卓会議の開催を求めています。しかし、先頃河川局は水位管理計画を再開する方針を発表しました。
 行政がかつて決定した従来の公益のあり方が絶対のものとして固定化されていて、自然再生の障害となっている状況が、霞ヶ浦でも現実化しています。水資源管理のためといっても、霞ヶ浦では実際には水余りが生じていて、自然に配慮した柔軟な水位管理を行うことは可能であるにも関わらず、水利権者との調整が難しいなどの理由で、計画通りの水位管理を変えようとしない。つまり、このような公益のあり方が変わらない限り、自然の再生などあり得ないということです。調整が必要なのは自然ではなく公益の側です。
 自然再生推進法もそうですが、全国で行われている自然再生事業と云われる多くの事業が何かを造ることにばかり向かっていることに違和感を感じます。自然再生事業に本来もっとも必要なことは、自然の再生を妨げている要因を取り除くことではないでしょうか。同じ視点で、自然破壊を公然と行っている公共事業の見直しも必要です。これらの阻害要因の背景にあるのは、まさに固定化された公益というもののあり方です。
 新・生物多様性国家戦略では、「自然再生事業は、生態系の視点から人為的改変に伴う環境の変化とその要因を科学的に把握することを前提とし」と定義しています。少なくとも、自然再生事業は、自然の再生を妨げている要因についての研究実績のある地域に限定して実施するべきです。そして、もうひとつの前提条件は、社会問題としてその要因を取り除く準備があることです。行政によって固定化された公益との調整が前提となる限り、自然は再生しません。自然の再生を可能とする社会は、行政主導のピラミッド型社会ではなく、NPO主導のネットワーク型社会です。田中正造は「治水は造るものにあらず」「人民蘇生の良法、造るに非ず除くにあり」という言葉を百年前に残しています。

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